「ソフトバンク」というと、皆さんはどのようなイメージを持っているでしょうか?
最近は、UberやWeWork、ARMなど有名企業への出資や買収で話題になっていますが、実際にソフトバンクでどのようにサービスが作られているのかイメージがある人は少ないのではないでしょうか。
そこで今回は、ソフトバンクのクリエイティブディレクターである梅津氏に、ソフトバンクにおけるUXデザインの現場と、その事例のひとつとして公式サイトのリニューアルについてお聞きしてきました。
インタビュイー
ソフトバンク株式会社 顧客基盤推進本部 UX企画課 梅津 しおん氏
新設されたUX専任チーム
― 今回お話いただくにあたって、まずは梅津さんの仕事内容について教えてください。
梅津:簡単に説明すると、ソフトバンクが提供するサービスの情報設計やクリエイティブ全般を担当しています。私のチームであるUX企画課は約2年前に新設された顧客基盤推進本部に所属する部署です。チームメンバーは10名で、ディレクション、情報設計、クリエイティブの3つの役割に分かれています。
― チームとして担当している業務範囲はどの辺りですか?
梅津:サービスの新規立ち上げやリニューアル、大きなプロモーションなど主に上流工程から検討が必要な案件にはほぼ関わっており、ソフトバンク全体としてのCXを意識して考えるということをやっています。範囲としては、情報設計からクリエイティブまでですね。具体的には、ワイヤーフレームを書いてプロトタイプ化して調査と改善のサイクルを回してデザインに落とし込んでいます。
またソフトバンクの場合、タッチポイントが店頭からアプリまで幅広いので、印刷物や店舗に置くためのパネルなども他部署から相談されることもあります。どんなタッチポイントでどのような顧客体験をさせるべきかを常に一つの流れで考えるようにしています。
大規模な公式サイトのリニューアル
― では、今回のメインテーマである公式サイトのリニューアルについてお伺いさせてください。
梅津:今回のプロジェクトはソフトバンクの顔である公式サイトのモバイル領域とオンラインショップ、My SoftBankが対象になります。その中でまずは、公式サイトとオンラインショップから取り掛かっており、現在も随時、改善対応しているところです。My SoftBankはまだリニューアルに着手し始め始めたところです。
― プロジェクトは、そもそもどういった経緯で開始されたのですか?
梅津:これまで公式サイトは数年前にリニューアルしてからデザインも変わっておらず、見せ方に濃淡がなく情報が探しづらいなど情報設計に課題があり、改善しなくてはと言われていました。当時、私はコンテンツサービスを中心に見ており、公式サイトにはほぼ関わっていなかったのですが、このリニューアルプロジェクトが始まった去年からプロジェクトのリーダーとして推進することになりました。
― 実際にプロジェクトが始まったときはまず何をしましたか?
梅津:最初に行ったのは、現状確認ですね。なにも状況がわかりませんでしたので。Google Analyticsで全体的な数値を見つつ、インタビューやアンケートなどさまざまな調査をしました。現行のサイトに対してユーザーテストを何度も実施して、課題の洗い出しを行いました。
その調査の結果、大きく3つの課題が明らかになりました。
1つ目は、情報過多で欲しい情報を見つけられないという課題。
2つ目は、公式サイトからオンラインショップへの導線がうまく設計できていない課題。
3つ目は、情報の濃淡が弱く、伝えるべき情報が伝えられていないという課題。
― なるほど。大きなサイトだとその分課題も多くなると思うのですが、優先順位はどのように整理したのですか?
梅津:ソフトバンクのお客さんは老若男女幅広いので、目的も非常に多いです。そのため、最初からすべてを拾い切るのは難しかったので、まずはそれぞれのサイトの役割の整理をしました。
結果、公式サイトは「情報を知る」サイト、オンラインショップは「製品を買う」サイト、My SoftBankは「手続き・申し込みをする」サイトと再定義しました。その上で、「情報を見て、製品を買う」というユーザー体験を主導線として公式サイトとオンラインショップのつながりを設計しました。
メインターゲットは「全国民」
― 公式サイトのリニューアルと聞いて最初に思ったのは「老若男女が見るというのはUX的に難しそう」ということでした。
梅津:おっしゃる通りで、世の中のほとんどのサービスはメインターゲットを設定していると思うのですが、ソフトバンクはメインターゲットの話をすると怒られるんですよね。全員だって言われるんです(笑)
― 全国民だと(笑)
梅津:みまもりケータイを使っている小さいお子さんからシンプルスマホを使っているお年寄りまで、全員がソフトバンクのお客さんだと。「全員」がベースの考えにあるので、原則は誰にでも簡単に使えるようにする必要があります。
― 実際、それをデザインするのはなかなか難しそうですね。
梅津:そこは苦労しています。ユーザーテストをするときは、10代から60代ぐらいまでの方を対象とするのですが、やっぱり高齢の方が操作でつまずいたりするんです。
私たちは、テスト結果を良い順にAからDで判定しているのですが、ある年代の人が操作でつまずくと、事象の質によってはD判定になったりするんですよ。B判定以上でないと絶対に世に出さないと決めているので、その時点で再検討、やり直しとなります。
― B判定以上じゃないと絶対リリースしないというのもすごいですね。
梅津:判定基準は悩ましいところですが、若者向けだったらお年寄りが使えなくていいのかと言うとそういうわけにはいきません。やはり市場に出す以上、すべてのお客さんが満足できる最低限のクオリティがなければ出してはいけないと考えています。たとえばフォントサイズも市場の平均よりは若干大きめにしているんです。iOSやAndroid OSのガイドラインも参考にしつつ、それ以外にも50サイト以上でデバイスごとのフォントサイズなどをチェックして、その平均より少し大きいサイズを標準サイズとしています。これは毎年チェックしています。
ただ若い世代からすると野暮ったく見えてしまうこともあるので、その点はちょっと心残りですね。
― 葛藤はありますよね。フォントサイズなどはデザインガイドラインなどで決められているのですか?
梅津:ガイドラインはありますが、ある程度の自由度は持たせています。そのサービスが本来やりたい演出を阻害するのは良くないので、ガイドラインではフォントサイズやタップ領域、HTMLの書き方、ヘッダー・フッターのモジュールなど最低限のものだけを定義しています。
プロトタイプからベータ版まで各段階でユーザーテスト
― 今回のリニューアルでは、改善の検証や評価はどうやってされているのですか?
梅津:大きく3つあります。まずワイヤーフレームやプロトタイプで実施するユーザーテスト。次が、デザインが入ったタイミングで実施するユーザーテスト。最後に、アプリであればベータ版、Webであればステージング環境で実施するユーザーテスト。基本的には各段階でユーザーテストを必ずしています。
先程も言いましたが、ユーザーテストをかけて一定以上のスコアが出ないと、市場には出せません。
― 大企業だと、ワイヤーフレームのタイミングでユーザーテストをするのは難しそうなイメージがあるのですが。
梅津:私のチームではAdobe XDをとても活用しています。特に早いタイミングのユーザーテストでは、Adobe XDで作ったプロトタイプを使うケースが多いですね。実際に、オンラインショップのトップページからiPhoneを購入するフローは、ワイヤーフレームで何度も確認しました。ワイヤーフレームで引っかかった部分に対して、根本的な課題は何かを検証して、ユーザー体験の流れからレイアウトの見直し、見せ方、ラベルや説明内容の改善などを繰り返しました。
追うべきKPIは顧客満足度のみ
― リニューアルはまだ途中ということでしたが、KPI的なところでも結果は出始めているのですか?
梅津:いまは半分ぐらいリニューアルが終わったところですが、「買いやすくなった」、「わかりやすくなった」というのはユーザーテストの結果でも出ていますし、数値も改善されています。実際、公式サイトからの携帯端末の購買率は、新規購入や機種変更などユーザーの条件や時期にもよりますが、改善前と比べて最大で300%以上の効果が出ていますね。
― オンラインショップでは購買がひとつのKPIになると思うのですが、公式サイトの方はどのように効果検証をしているのですか?
梅津:KPIは顧客満足度ですね。定期的な満足度調査を、年に6回ほど実施する予定になっています。一般的なサイトでKPIとされるPVやUUはグロースハックの観点以外では見ていません。ユーザーが目的の情報に最短で迷わず辿り着けるよう設計しているため、「PVが上がる=ユーザーが迷っている」という可能性もあるので、そこはKPIにしていません。
― 顧客満足度というのはネットプロモータースコア(NPS)のような評価指標ですか?
梅津:もちろんNPSも確認しています。それ以外にも外部企業にお願いしてWeb Equity調査やユーザビリティ評価もしています。そういった満足度調査のスコアをベースに、定期的に何ポイント改善したかを追っていくという形ですね。
― 追っているのは顧客満足度のみで、収益なども追わない感じですか?
梅津:そうですね、Webチームとしてはそこに振り切っていますね。もちろん企業としてビジネス観点では収益は非常に重要ですが、公式サイト自体は、収益を上げることが本質ではないと思っているんです。
収益を上げることを考えた場合、たとえば動画サービスであればお客さんの目的は動画コンテンツを観ることであって、動画コンテンツ自体の価値にお金を払っているものだと思っています。なので、収益を上げるのであれば良いコンテンツを引っ張ってくるのが一番です。どんなにサイトのUIが優れていたとしても、見たいものがなければやっぱりお客さんは離れて行っちゃいますよね。逆にすごく見たいものがあれば多少使いづらくてもそのサービスを使うんだと思っています。
― そこまで振り切っている企業さんは少なそうですよね。
梅津:どうしても公式サイト自体が収益を上げるものではありませんので、ソフトバンク全体で見たときにどうすると顧客満足度に繋がるかということを常に意識してします。
会社としてユーザー体験を差別化に
― ここまでUXデザインに力を入れているとは知らなかったのですが、こういう社内のUXデザイン的な取り組みはあまり発信してなかったのですか?
梅津:そうですね。組織としてきちんと取り組み始めたのも、ここ1~2年だと思います。
いまは組織体制も整い、本部長もユーザー体験の重要性を理解してくれているのでチームも拡張され、ようやく我々に日が当たり始めたなと思っています。
― 偉い人の理解があるのは大きいと思うのですが、それには何かきっかけがあったのですか?
梅津:ひとつのきっかけとして、ほかの大手携帯キャリアとの差別化が難しくなってきたのはあると思います。料金プランも機種ラインナップもほぼ同じなので、どこでソフトバンクとしての付加価値を提供していくべきか、その課題解決のひとつなのだと認識しています。
そうなったときに、やっぱりひとつひとつのサービスでより良い体験を提供して、ソフトバンクのファンになってもらうことが大事だということになりました。「ユーザー体験って大事だよね」ということが社内で浸透してきた結果だと思います。
― 大企業でUXデザインに注力している企業はまだまだ多くないので、こういった事例がさらに増えると良いなと思いますね。
梅津:そうですね。今回の公式サイトのリニューアルにしても、まだ半分程度しか終わっていないですし、ベストな状態だとは思っていません。なので今後はそこの改善やグロースハックなどもチームを中心にやっていこうと思っています。
― ありがとうございました。
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今回はソフトバンクにおけるUXデザインの現場とその事例についてご紹介しました。
梅津氏が所属しているUX企画課では、UXデザイナーを募集しています。興味がある方は、以下より募集要項をチェックしてみてください。
提供:ソフトバンク株式会社
企画制作:UX MILK編集部