荒れる庭には手入れが必要

Dylan Wilbanks

DylanはHêtreの創立者であり、シアトルを拠点にしたUXデザインの指導者です。

この記事はThe UX Boothからの翻訳転載です。配信元または著者の許可を得て配信しています。

On Tending the Garden (and Fighting Kudzu IA)

あるとき、私は顧客に対して自分の発見についてプレゼンテーションをしていました。彼らは素晴らしい企業で、社員や社風もきちんとしていましたが、私がのちに「kudzu IA*」と呼ぶようになった、ある問題を抱えていたのです。

*編注:誤解を避けるため、原文のままの英語表記とさせていただいております

Kudzu=葛(クズ)というのは、アメリカ南部をその文字の通り「飲み込んだ」と言われる雑草のことを言います。19世紀から20世紀の間にアメリカ政府によって土壌浸食を防ぐための植物として導入されました。当初は園芸植物として人気を博しましたが、霜の降りない温暖なアメリカ南東部に放たれると、あっという間に廃屋や物置小屋、木などあらゆるものを覆いつくす有害な雑草と化しました。

生い繁るスペースがあると、葛は構造物を飲み込みます。

葛によって庭が荒れていく

私が「Kudzu IA」という名前を最初につくり出したのは、スタートアップ企業を顧客として働いていたときです。顧客のビジネスが成長し変化していくにつれ、事業目標が描く輪郭に沿って、主力のプロダクトに対して新しい項目が次々と追加されていきました。事業の輪郭に沿ってビジネスは成長を続けていくにつれ、構造化されることなく、組織の思いつきの歴史が積み上がっていったのです。こうして膨れ上がった機能は、文脈も意味も理解しがたいものとなっていました。IA(情報アーキテクチャ)は、放置されて野生化し、まさにあらゆる方向を覆い尽くす葛(クズ)となったのです。

Kudzu IAはユーザーや顧客に混乱をもたらします。迷路のように複雑に入り組んだリンクをユーザーに理解させようとすると、その不必要な複雑さのために、把握するには大きな認知的な負荷がかかることになります。ユーザーが混乱していることは分析をすれば明らかです。ユーザーが目的を達成するために、いろいろなページを行ったり来たりした挙句、最終的にあきらめて離脱してしまうのが見て取れるでしょう。

私は長い間、システムが手に負えなくなるのは、メンテナンスできなくなるほどシステムが拡大するからだと考えていました。肥大化した機能、高揚したテンション、間に合わせの解決策が積み上がった結果、育ちすぎたぶどうの木を支えようとする腐ったトレリス(蔓植物を這わせるための柵)のように、IAが崩れ落ちるのだと。

しかし最近、ユーザー調査を行っているときに、システムが手に負えなくなる原因は実はそれ以外にもあるのではないかという疑問が生じました。

企業ユーザーに対し、役員室にいるCDO(最高デジタル責任者/最高データ責任者)たちからデータを適切な人に適切に届けるデータスチュワードに至るまで、データの管理方法についてインタビュー調査を行ったところ、彼らは私が葛と呼んできた状況と類似した問題、つまり、複雑な知識経路、中途半端なソリューション、企業全体のデータソリューションが信用されていないことによる部署ごとのデータの個別管理などについて語ってくれました。

彼らは決して葛を繁茂させようとする意図はなく、むしろ、プロジェクトを綿密に計画し、適正な人材を充て、コンサルタントを雇い、予算的な裏付けを行うなど、データの問題の解決に向けて積極的に動き始めていました。葛をつくり出そうとしているのではなく、秩序立ったデータと構造という庭を整備しようとしていたのです。

一体、なにが起こっているのでしょうか? まさに「庭が荒れていく」という表現がぴったりのことが起こっていました。

庭園は放置されることがない

話は少し逸れますが、20年前に新婚旅行でカナダのビクトリアを訪れました。通りから数キロのところに、セメント採石場の跡地に建てられた広大な庭園のブッチャートガーデンがありました。壮大で伝統的な庭園であり、アジアとヨーロッパの文化が織り交ざった庭園に地元の草花が埋め尽くされています。オーナーは、コーストセイリッシュ民族の土地に生える素晴らしいスギやシダの森に囲まれた世界の秩序ある構造化された景色を提供することに力を注ぎました。この景色を維持するには相当な尽力を要するため、入園料はそれに見合った価格となっています。

庭園を放置しておくと入園料を払ってまで訪れる人がいなくなってしまうため、オーナーには庭園を手入れする強いモチベーションがあります。

これが庭園で起こっていることです。維持管理が必要不可欠なのです。手入れをさぼると、雑草が生えてきて、葛のような侵略的な植物が庭を覆いつくしてしまいます。かつてのきれいな庭も姿を消してしまうでしょう。誰も使わなくなり放置された庭は、すべて引き抜いて最初からやり直すしかありません(相当な資金があればの話ですが)。

構造の維持は努力と資源が必要です。庭の手入れをしましょう。

葛はどうして生まれるのか

ユーザーインタビューの中で、データ専門家からは、完了したプロジェクトや断念したプロジェクトに加え、既存システムの維持と新しい取り組みとの間の絶えまない緊張関係についても聞くことができました。

プロジェクトの維持に予算を割かないという問題点が共通して挙がります。役員により強引に推し進められ巨大なプロジェクトがローンチし、コスト、資源、人材を投入して完成させます。新システムはしばらく利用されますが、次第にほかのツールに乗っ取られ影を潜めていきます。もし誰かがシステムにバグやエラーを見つけたとしても、報告する先のチームがもはや存在せず、すぐに修正対応にあたるような人員もいません。

この企業にとっての「葛」は社風でした。社員にはシステムの維持をするモチベーションがありませんでした。業務の優先順位が他に移り、さらに日常業務の要求が優先されるため、維持しようというモチベーションはつねに揺らいでしまうのです。

たまに、今回はいままでとは変えようと合理的な意見が飛び出すこともあります。「クラウドソースしよう」「きちんと記録しよう」「Wikipediaのようにみんなで管理しよう」。しかしながら、いつもと同じように、企業がすでに所持しているデータの維持にコスト、資源、人材を優先させることはありません。維持管理はユーザーの善意に頼ることになりますが、彼らには優先すべき自分の仕事があります。システムは次第に雑草がはびこる庭のように劣化していき、かつてのカタチを失い使われなくなります。

私が見る限り、どうやらKudzu IAはプロジェクトとコンテンツを構造化せずに無計画に構築することだけによるわけではないようです。それに加え、構築後のIAに対し、計画に沿って手入れをして最新の状態に更新し続けるための努力を怠ることにもよるようです。どちらの場合でも、ユーザーに最良の体験を提供するには、メンテナンス、つまり「庭の手入れ」をすることが重要です。導入時の計画立案にかける投資と同じくらい、維持・管理にも投資する必要があります。

葛に対抗するには

あなたのサービスにおいて葛に対抗する唯一の方法は、継続して監督、維持、調整、改善を行うことができる庭師を雇うことです。つまり企業は庭師を雇用し、彼らに必要なツール(運用体制、必要設備、管理ツールなど)を必要な資源と共に定期的・継続的に与えなければなりません。

それはつまり、監査、評価、テスト、レビュー、更新、そして廃止に至るまで、ずっと手をかけ続けなければならないということです。コンテンツや機能の検査、利用状況指標のレビュー、問題点が解決に向かっているか、効果的に解決されているかを考慮したり、システムのテスト、書き直し、改良、あるいは完全に廃止するためにも人材を確保することが必要になります。

こうした努力を継続することが重要であり、ガーデニングを行う実際の人々が必要です。もちろん、AIやボット、スクリプト、フィードバックメカニズムなどは助けにはなりますが、ものごとを整頓し正しく機能することを最終的に責任をもって担保する人、あるいはチームが必要となります。機械では、誰かがいつなにをするか(あるいはしないか)を教えない限り、手入れ作業ができません。そして、これは単に企業のユーザー体験の面だけに留まらず、ビジネスそのものの本質的な問題でもあります。手入れ作業は、プロダクトマネージャー、コンテンツ戦略の専門家、組織のリーダーにまで及ぶべきものなのです。

私は、Kudzu IAに出くわすことにうんざりしています。とは言え、過去数10年以上それを仕事にしており、UXの専門家にとっては間違いなく仕事のネタになります。しかし、現状のシステムをメンテナンスすることに力を注ぎさえすれば、Kudzu IAは防ぐことができるのです。確かに、中間管理職にとっては経営幹部への最短距離となる注目の大きいプロジェクトに比べ、メンテナンスに意欲的になることはないでしょう。しかし、その注目されたプロジェクトが置き去りにしたクズが、私が取り組む問題となるだけでなく、もっと悪いことにその組織全体の問題へと発展していくのです。

葛と戦い、庭の手入れをしましょう。


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